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10億倍

2005年の年末に、仕事で中国に行った。
朝鮮半島に近い位置にある大連という街で、私にとっては初めての中国本土であった。

私は、正直に言って、中国人が苦手だった。
政治的な理由があるわけでも、個人的な恨みがあるわけでもなかったが、
ただ、苦手なタイプだったのだ。
私が何度か仕事で出会ってきた中国人たちは一概に声が大きく、
少し押し付けがましくて、他の人との距離の取り方が狭かった。
たとえば、パソコンの画面を中国人に見せようと声をかけると、
その中国人の男性は前髪がディスプレイにつくのじゃないかというほど覗き込み、
パソコンに向かって座る私は、彼のつむじを至近距離で見ることになった。

仕事で中国に行くことになったとき、それでも私はわくわくした。
ヨーロッパの内陸に暮らす私には、
海が見られること、新鮮な魚が食べられることが嬉しかったし、
もともと旅行好きなたちで、香港や台湾ではない、本当の中国を見てみたかったからだ。


大連の空港に着陸すると、
飛行機の窓から同じ形をした無趣味な工場らしき建物の連続が見えた。
空港から白タクを避けてタクシーを拾い、ホテルに向かった。
一台目のタクシーの運転手は、英語がいっさいしゃべれなかった。
それを不合格と見なした私は、次のタクシーにトライしたが、結果は同じだった。
一台目よりもずっと汚い、昭和時代の日産車で、運転手は私より幾分若いように見えた。
二台目で腹を決められた自分の勘を褒めてやりたいと思う。
後になって、大連では、英語を操ることのできる人間が
ごく一部の例外的な人物に限られているということを知った。

滞在予定のホテルには、5つの星がつけられていたせいもあり、
印刷したホテルのウェブページを見せると、
運転手は行き先を把握した様子でしきりに首を縦に振り、
特にやりとりもなく車を出した。

英語がまったく通じない中、
荷物を持ち逃げされたり、ぼられたりするのではないかと、
神経を張り詰めてタクシーに乗っていた。
空港の敷地を出て、ひとつラウンドアバウトを過ぎた頃には、
だんだんと慣れ、車内の様子や町の風景がおかしく思えてきた。

車内のにおいがなつかしい。
20年以上前に乗った、父の古くてシートの破れかけたセダンを思い出す。
バックミラーの付け根からは、毛沢東のロケットがぶら下がっている。
ラウンドアバウトでは、木材を積んだリアカーを引く自転車までが回っている。
食堂の看板や照明もどぎついキッチュなデザインで、
自称「高級」海鮮レストランも田舎のパチンコ屋にしか見えない。
よく晴れた寒い日だったが、
ホテルまでの15分ほどのほこりっぽい道のりの間で、
私の機嫌はだんだんとよくなって行った。

タクシー代は約400円だった。
別の便で到着したドイツ人の同僚は、
白タクに声をかけられ、「500円」を提示されて断ったそうだ。
その100円を求める人物がたくさん、
想像するだけでめまいがするほどたくさんいる国に来たのだ、
と感じた。


ホテルは5つ星だけあって申し分なく、
平均して住居面積の広いヨーロッパに住む私にとっても十分な広さがあった。
バスとシャワーが別々にあるのはもちろん、
調度品もぜいたくで、ヨーロッパのアンティークを模した、
趣味のよい桃色の布地が張られたソファ、
同じ柄で猫のような足をした手すりのある椅子、
こちらも猫のような足の、大理石でできたテーブルが置かれていた。

だが、もちろん、それは中国ではない。
外国人向けの、めいいっぱいに飾り立てた舞台でしかない。
仕事場のビルは、外見上モダンでありながら、
そのトイレは、公園のトイレでかぐような匂いがし、紙も置かれていない。
和式に近い形のトイレなのだが、
「以前はトイレは穴だったのだ」というトイレの歴史を垣間見ることのできる形状で、
時どき先客がドアを開けたまま、しゃがんでいたりもする。
週末に、本物の中国の公園のトイレに入る機会があったが、
さすがともいえるほど匂いがきつく、
ただでさえ背の低いドアなのに、ドアの下にも広く隙間が開いていて、
トイレに踏み入った人からは丸見えだったはずだ。
ヨーロッパでさえ見かけないウォシュレットのある国で育ったのだから、
短い滞在の間に、さんざんトイレに辟易させられたことはいうまでもない。


しかし、私は中国が大好きになった。
そのおかげで中国人に会うと、「大連に行ったことがあるんです」と
積極的に話し掛けるようになった。

中国への判定は、ホテルの中華レストランで夕食をとった際に下った。
私は中国を大好きになった。
それから好意的に見始めたものかどうかは分からないが、
中国は「すごくいいところ」だと思った。

食べ物は強い。
職場で注文してくれる弁当は、見た目こそ雑で
しきりもなにもない紙の弁当箱に、
白いご飯と惣菜を何種類かぶちこんだだけのものだったが、
炒めたレンコンも何か分からない野菜もおいしかった。
(何か分からない野菜は、どこかで食べたことがあると感じた歯ごたえだったが、
その後日本で山手線に乗っているときに、
何かの拍子で「あ、あれ、ザーサイだ」と思い当たった。)
塩と胡椒といくつかのハーブしか味付け方法を知らないような国に住んでいる私にとっては、
「ダシ」だの「コク」だのを知る国の食事の味は、無条件での贅沢となった。
(以前、どこかで、
「中華の味を初めて知った欧米人は、なんとか症候群という病気にかかる」
という記述を読んだことがある。
うまみ成分の化学調味料を中毒的に摂取してしまう、という
なんとも馬鹿げた病気である。)


食べ物が美味しかったというのは本当だが、
私は中国にいた10日間の間に、ほんの少し中国を感じ、
その後、中国のことをよく考えるようになった。

10億以上不特定多数の人口を抱える中国。
単純に考えれば、日本の10倍に近い国民が、この広大な土地に住んでいるのである。
日本ですらホームレスの人たちがいるのだから、
中国となれば、職にあぶれたホームレスがたむろしていてもおかしくない。
戸籍を捨てるどころか、もともと戸籍を持たない人までいるのだから。

しかし、中国では大量のホームレスを目にすることはなかった。
もちろん、大通りを一本裏に入れば、
掘っ立て小屋のような店を出し、剥き出しで野菜や魚介類を売る貧しい層はいる。
だが、日本のホームレスとは違い、
自転車で何でも運んでしまえる、エネルギッシュなおじさんがたくさんいる。
通天閣の近辺に、雰囲気は少し似ているかもしれない。
私が目にした貧しいおじさんたちは、仕事をしていた。
大きな道路の脇で小さなガラスの鉢に入れた金魚を売っていたり、
オフィスビルの表札のような石を磨いていたり、
アイスバーンになった雪をスコップではがしていたり、
とにかく、仕事をしていた。
もちろん、仕事のない人も多くいるはずだが、
私は、中国社会ができるだけ多くの人に職を与えようとしている意気を、
たしかに感じたのである。

車の運転についても、私は好感を覚えた。
大連の中心街には、ラウンドアバウトが多い。
主要な交差点はラウンドアバウトでできている、と言っていいくらいだ。
それでも譲り合いながら、うまく交通は回っている。
また、道路を横断する歩行者の数もイタリアの比にはならない。
両側6車線ある道路でも、歩行者は平気で足を踏み出し、
車はクラクションを鳴らしながら、少しスピードを落とすのだ。

もちろん、こじつけかもしれないが、
中国では譲り合わなくては誰もうまくやっていけないのだと思う。
ヨーロッパに慣れてきたとは言え、
私も所詮はアジア人のはしくれである。
他の人にいやな思いをさせてまで、
自我を通すことを最大の喜びと考えるヨーロッパでは、
疲れを感じることも少なくない。
電車やエレベータには、降りる人が降りてから乗り込むべきだし、
誰かと同時に話し始めてしまったら、
自分の声を大きくするのではなく、まず聞いてから話しだすべきなのだ。

ヨーロッパでは大陸という性質上、外界からの侵入者が多かったのだろう。
自我を通そうと躍起になるのが、勝利への道なのである。
私はこの点においては、「大陸的」という言葉の意味があまりしっくりこないと感じている。
中国も同じ大陸ではあるのだが、大きく違っていた。
人がたくさんいて、そのひとり一人が、
中国という国の抱える人間の多さを理解した上で、
うまくやっていきたいと自然に行動しているように思えたのである。
ヨーロッパのように敵同士が隣り合う大陸ではなく、
あくまでも身内から成り立つひとつの大陸であることが、
そのような行動にあらわれているのかもしれない。


そう考えると、今まで私が日本で出会ってきた中国人たちが、
大きな声で自己主張をし、前へ前へという遠慮のない態度であったのも
少しはうなずける気がする。
彼らは成功者であり、リーダなのだろう。
中国は、そのようなリーダに国を引っ張ってもらいたがっているのかもしれない。
しかし、ヨーロッパのようにはなって欲しくない。


中国のことを考えるたびに、気が遠くなる。
私が今日これだけレンコンを食べているのだから、
きっと、その10億倍のレンコンを生産しているのだろうな、
と想像してしまうのだ。
10億倍のレンコン。
このオフィスいっぱいに入るぐらいだろうか?
それが毎日続くんだろうか?
ああ、こうしているうちにもレンコンを作った方がいいのじゃないだろうか?


私は中国が大好きだ。


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by uroko_obj | 2006-04-28 07:04
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